Nuits Blanches

眠れない夜に萌えとか考察を無節操に投げつけるブログ

3月3日HEADS UP!

初演は「ほへーこんなのやるんか」ってスルーしてたけど友人に「むっちゃいいよ!」って言われたので再演を観ました。

いやむちゃくちゃ良かったです。音楽も美術も演出も。さすが読売演劇優秀演出家賞をもらっただけあるなと。

ワタシ割と本気で音楽が良い作品はそれだけで及第点を軽く超えると思ってます。っていうのも、ミュージカルはその由来の通り音楽がないと進まないから。ミュージカルって言っても幅は広くて、レミゼみたいに踊らず歌だけで進行する作品もあれば、コンタクトみたいに碌に歌わないけどダンスだけやたらハードみたいな作品もあります。でもこれらは全部音楽がなければ進まないわけで、ミュージカルにおける音楽というのはストプレの音響やBGMなんかより遥かに重要なわけです(だから耳に残らなければ覚えられもしないし後から調べようとも思えないワイルドホーンの曲が苦手だったりする)。

日本産ミュージカルってこのハードルがすごく高くて、私が観た国産ミュージカルってそんな数はないですけど、やっぱり「観て良かった」と思えるのは音楽が良いものばっかでした(SHIROHとか夢醒めとか)。

へっづぁはそのハードルを越えてきた作品だなあと思うんです。ドルガンチェの馬(靴)はすごく耳に残って面白いし、他の曲も特に大ナンバーなんかは明るくて楽しい。更にキャストによって歌詞が違うポリフォニックな構造にしてみたり。きっとチャンスさえあれば国産ミュージカルがあちこちで出来るようになるしその土壌はある程度揃ってきてるんじゃないかなあ。チャンスがないだけで…。

 

あと面白かったのは劇中劇と第4の壁の破り方。劇中劇の使われ方は大体「板の上のキャラが想像・回想で別のキャラになりきって動く」「舞台ものの劇でキャラがさらに別の役になる」で、後者はキャラが役者設定の場合は断続的に舞台シーンが挟まる(exマタハリ)し、今回みたいなバクステものだと起承転結の転結に本番が来て終わりになるor本番を匂わす(ex夏の夜の夢)のが普通。へっづぁの場合は承に本番を入れて転結で観客を転がすっていうのは中々観ない手法で、良い意味で振り回された。

そして第4の壁の破り方。1つは本番を承に持ってきたからカテコが承転に存在する=実際にドルガンチェの馬の全容を知らなくても「カテコしてる!終わったらしいから拍手せなアカンな」って気持ちにさせる。多分そんなに上手く作らなくても劇中劇のカテコをムリヤリ入れれば皆拍手するんだけど、へっづぁはそこら辺台本が上手くて(コメディってことも多少ある)、強引にドルガンチェの馬を終わらせるんだけど拍手に違和感を感じなかった。そしてもう1つはラストの熊川よっしーが舞台上の鏡に観客を移すシーン。基本的に第4の壁を破るって言ったら余程のことがない限り観客は喋ることも動くことも出来ないので、構造的に役者から破らざるを得ないわけです。じゃあ観客が舞台のキャラに話しかけるにはどうすればいいか、それを解決したのが鏡なわけです。

私の観劇歴が短いからこんなことで驚いてるだけかもしれないけど、演劇上の色々な手法が観れて、そして単純に楽しめてとても良い舞台でした。

 

ところでばっちは所謂グランドミュージカルよりこういう作品の方が生き生きするんじゃないかね。私去年のレミゼ観てないけど。

 

チケットを売ったってことは、約束したってことです、良い舞台を作るって。